スロット 北斗

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デプレティス大臣は怒りに顔が真っ赤となったでしょうが、心を落ち着かせた後(7日)、長い命令を発するのです

ペルサーノ提督は直ちに敵を海上に求め、かつ6月8日に発した命令に従って敵艦隊と決戦をすべし

敵の艦隊がポーラから出ないか、又は我が艦隊に追われポーラに逃げ込むかとなった場合、ペルサーノ提督は十分な数の艦船でポーラを封鎖せよ

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その際、ポーラ及びファザナ砲台からの距離に気を付けて射程外にいること

この海戦の主旨は第一にオーストリア艦隊からアドリア海全ての制海権を得ることにある

敵艦隊の壊滅はその主旨ではないので、敵艦隊を見たらこれを追い、これと戦い、これを退ければそれでよい

あるいは敵が逃げても一つの港に閉じ込め、再び海上に現れなければ任務は完了である」 これではまるで海軍幼年学校の少年水兵に教えているようなものです

 一国の海軍大臣がその国の最高艦隊司令長官にこんななさけない命令をせざるを得ないとは、本当に同情するものなのです

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 とにかくこれで逃げ場のなくなったペルサーノ提督は、7月8日1800、修理が終わらず出撃が出来ない一艦を残し、全ての艦でアンコナ港を出撃するのでした

ようやくのことでアンコナを出航したペルサーノ艦隊は、8日夜から9日朝まで一晩かけてアドリア海を横切り、ダルマチアのロシン(現クロアチア・ロシニ)島が見える海域までやって来ます

ここで北に変針すればテゲトフ艦隊のいるファザナまであと少し

ところがペルサーノはここで反転、アンコナ方面へ逆戻りしてしまい、1400には再びアンコナの沖合に停泊しました

 これはアンコナに残した一隻を待つとの理由で、だったら何故敵地が見える場所まで出掛けたのか、どうも首を傾げる行動です

 結局、翌日まで遊弋しますが待ち「艦」来たらず

諦めたペルサーノは再びダルマチア海岸に向け艦隊を進ませるのでした

 この日(10日)はまず、ダルマチア諸島中程にある細長く北西から南東に延びるグロッサ(ドゥギ)島に20海里まで近付き、そのまま島々を左舷に見ながら南下し、リッサ(ヴィス)島まで25海里まで近付いた後転回してアドリア海の中程まで進むと、この海面で艦隊運動と信号訓練、そして砲術訓練を行いました

しかし発砲はせず、操作のみの訓練に徹しています